スポンサードリンク

2007年05月29日

不動産業界を変える! ハウスドゥの挑戦

新刊本紹介

『不動産業界を変える! ハウスドゥの挑戦』


京都の強豪不動産流通ベンチャー、ハウスドゥの日々の闘いの現場を詳細にレポートしたビジネス本。

不動産仲介業で勝ち残っていくためには何が必要なのか現場の視点から詳しく書いてある。生き生きと働く若手社員の声が伝わってくる。

不動産FC化の波が押し寄せている現在、地域の不動産企業の生き残る道はあるのか。人材論から戦略論にわたって詳しい。

ハウスドゥの創業社長安藤正弘氏の企業家本としても
読みごたえがある。

安藤社長は25歳でバブル経済が崩壊して失業。
再就職を試みるも、ことごとく失敗。
学歴、コネ、人脈、何もない一匹狼状態であった。
その逆境からどうやって
年商38億円企業をつくったのか。
成功のためのノウハウも満載している。

不動産流通業界に関わる人は必読の1冊である。



もっと突っ込んで言うと
経営者、サラリーマン社長ではなく
オーナー経営者というのは
同じビジネスマンであっても
給与をもらう立場の人とは全然違うということが
よくわかるように書かれている本である。

同じ仕事をしていても
給与を払う側ともらう側では
はっきりいって180度立場が違うのである。
立場が違うということは考え方も全然変わってくる。

もちろん、企業内では社員も社長も同じ目標に向かって
闘っているわけだけれども
背負っているリスクとか立場
この圧倒的な違いは本当に体験しなければわからない
世界かもしれない。

本書はそこに肉薄している。
タグ:ハウスドゥ
posted by カズ at 11:37 | Comment(10) | TrackBack(0) | 企業家論

2007年05月03日

どうしたら役に立てるだろう

どうしたら、この人の役に立てるだろう。
どうしたら、社会の役に立てるだろう。

心底、それだけを考え、行動する。
posted by カズ at 22:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 経営論

自分が損をとる

物事がどうしてもうまくいかないとき、
このように発想を転換しよう。

何かあったときは他人を優先し
自分が損をとる。

得しよう得しようとがんばっても
うまく行かなかったのなら、その反対をしてみる。

自分が損をとる。
その発想が続けられると運は向いてくる。
posted by カズ at 22:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 戦略論

2007年04月20日

経営者の心得、覚書

人間は、なんのために生きているか。
幸せになるため?
では、幸せとは何?
金持ちになること?
誰にもそんなことは決められない。
だから、人間は幸せになるために生きている、
というのは巧妙なごまかし。
では、なんのために生きているのか。

答えはない。というのが答え。
それは、その人が決めること。
その人生を所有している本人が決めること。
「俺の人生の目的は金持ちになることだ」という人がいたら、
その人の人生の目的は金になる。
まさしく、金を一番大事な生きる価値観として生きる。
それはそれでその人の自由。誰も止めることはできない。
法さえ犯さなければ、人間は自由。
人生に目的などない、というのも人生観。

その日暮らし、くらげのように漂って生きるもよし。
どんな考えを持っても、どんな価値観を持っても自由。
では、あなたはなんのために生きるのか。
気質、立場、環境で変わってくる。
いろいろな人がいる。
作家は文学のために生きる。画家は絵に生きる。
ミュージシャンは音楽に人生をかける。
次の作品こそ、人生最大の傑作にしようと、日々奮闘している。

家族を守るために生きている人もいる。
仕事は食うためと割り切って、趣味に生きる人もいる。
寝てもさめても研究している人もいる。
女のために生きる人。ギャンブルに生きる人。
酒に生きる、それも人生。
ボランティアに生きる、それも人生。
いずれにしても、人生の目的は職業と密接に絡んでいる。

仕事を食うための割り切って、ほかのことに人生の目的をすえる人もいるが、
あまり賢いやり方ではない。
非効率。
人生の目的と仕事が一致すればするほど、幸せ。
いかにそのように持っていくか。
そこがポイント。
経営者として成功するための第一のポイント、根幹、
最低の条件はそこにある。

自分が旗を持って、トップに立って会社を経営すると決めたなら、
人生の目的を会社をよくすることにささげなくては、
本気でついてきてくれる人ができるはずがない。


経営者は何のために生きるかの自分なりの答えをもっていなけ
ればならない。
自分なりの人生観。
それに共感した者が、本当についてきてくれるのだから。
どんなときも裏切らない、本当の支持者を得たいなら、
それしか方法はないのではないか。

あなたの生きる目的、あなたの夢、あなたの人生観が、
あなたという個人の欲望に限定されたものなら、
あなたの事業に命を懸けて協力してくれる者は決して現れない。

あたりまえのことだ。
誰にとっても、ひとつしかない命。
大事な命。それをなぜ、あなたの欲望のために捧げなければならないのだ。

大金を積まれても、そんなことはできない。
並みの給料ならなおさらだ。
馬鹿にするな、人を何だと思っているんだ。
今は食っていくために働いているだけさ、とそう思うのは至極当然。

経営者の欲望と、社員の求めるものが一致している間は、
両者の関係はよい。
たとえば、カネを価値観とする経営者の元に、
とにかくカネがほしい社員が集まってくる。
両者の価値観は一致しているから、当面はうまくいくだろう。
しかし、この関係は危うい。
要するにカネでつながる関係。カネでつながっている男と女
たいなもので、
カネの切れ目が縁の切れ目になるし、
渡したカネ以上の成果も期待できない。
そんなことは誰でもわかっているから、カネ儲けを経営理念に
掲げる経営者はいない。

きれいごとを並べる。しかし、それが本音でないとすぐにわか
るから、誰も信用しない。
結局はカネなのか、となる。
あるいはカネでなくても、名誉だったりする。
自分の名誉のために、人を使うなんて、人を馬鹿にしている。
もちろん、社員は従順を装いながら、決して給与以上の働きはしない。

どうして、あなたの名誉のために、あなたの夢のために、私の
大事な人生を消費しなければならないの。
私にもメリットがあるなら、その分だけは協力しましょう、となる。

社員のあり方としてみれば、そうした経営者の弱さを承知した上で、
よし、あなたの夢を実現してあげましょう。
私が一肌脱いで、やってやります。という人も100人に1人
ぐらいはいるかもしれない。
この場合、その社員のほうが、経営者より、一枚上手だということだ。

経営者も人間だ。長所もあれば短所もある。
短所を補ってあまりある魅力ある人には
そういう社員が出てくるものである。
しかし、それを最初から社員に期待するのは甘えというものだ。

自分が引っ張っていけないのであれば、
うまい具合に祭り上げられるという手もある。
というか、それしか方法はない。
さもなくば強権で、無理やり社員を従わせるしかなくなり、
それは決してうまくいかないからだ。
だから、経営者には人を納得させるだけの人生観が必要なのだ。

経営者に欲望を持つなというのはあまりに酷だ。
そもそも、人より欲望が強いから、会社をつくる人が大半なのだから。
では、どうしたらいいのか。

やはり私利私欲を乗り越えなければならない。
それだけの人生観をもたなければならない。
どう、生きたいのか。
突き詰めて考える。そして夢を今やっている事業と一致させる。
そこで働く人の気持ちと一致させる。
共感が得られるような、人生観を持ち、経営理念と一致させる。
それが一番幸せな経営のあり方なのだ。

では、経営者はどんな人生の目的を、どんな人生観を持ち
それをどう経営理念に落とし込んだらいいのだろうか。

それを考える前に、これまでの議論はちょっと経営者にとって
はきつすぎたかなと思う面もあることを断っておく。
より、会社を成長させるには、という前提であるから、
厳しいことを言うのだ。

そもそも、会社を興して、正当な方法で利益を上げ、人を雇用
するというのは立派なことだ。
失業者も数多くいる中で、雇用を創出しているのだから。
仕事をつくって、給料を払っているのに、非難される理由はない。
それはそうだ。経営者がそう考えるのはもっともだ。

ただ、それで満足してしまったら、そこで成長は止まる。
今に満足している経営者は魅力がない。

世の中には多くの会社と、多くの働く人がいる。
それは一つの市場である。
雇う側と雇われる側の市場において、
魅力ある会社の順番によい人材が入っていく。

上をめざす経営者は、会社を少しでもよくしようと努力しなけ
ればならない。
当然、ほとんどの経営者はそう思っているし、努力もしていると思う。
しかし、それが空回りしている例が驚くほど多い。
どうしてなのか。なぜなのか。
一生懸命努力しているのに、本来、感謝されて当然のはずの社
員にまで唾を吐きかけられる。
どうしてなのか。なぜなのか。理解できない。
そういう人が多いのではないだろうか。

まあ、どんな人間関係にも、人と会社の関係にも相性というも
のがあるから、多少のことはしょうがないのだ。
去る人間もいれば、来る人間もいる。流動性も必要である。

けれども、来る人間、来る人間、次々と去っていくならば、
どこに問題があるか、考えなければならない。
その際、逆の例を考えてみればいい。

優秀な社員が生き生きと働いている会社。愛社精神を持って、
プライドを持って働いている会社。
そういう会社と自分の会社はどこが違うのか。
虚心坦懐に考えてみよう。

そういう会社とは、大体わかる。
一般的にいうと、業績のよい大企業。
右肩上がりで成長している中堅・ベンチャー企業
社会貢献度の高い事業をして、
なおかつ利益を出しているいる企業である。

これらの企業で働く社員がなぜ幸せか。
いちいち説明するまでもないので省く。

共通するポイントを挙げると、利益、成長、社会貢献である。

利益があるということは、社員にとって給与が人並み以上もらえるということだ。
成長しているということは、社員にとって将来に対する夢があるということ。
社会貢献しているということは、
社員にとって仕事のやりがいやプライドがもてるということ。

企業にとって、この三つがそろっていることが理想であり、
めざすべき姿である。

利益を出さないのは罪悪である。
利益を出しても、社長が満足してしまってはいけない。
社長が現状に満足すると、成長しないからである。

成長しないということは、停滞であり、停滞するとマンネリになり、
マンネリになると悪い面がだんだん出てきて、結局衰退する。
時代はどんどん流れているのだから、
とまっているということは、
安定しているように見えて実は安定ではなくて衰退なのだ。

つまり成長しないということは罪悪である。
企業活動は社会の貴重な資源を使っているから、
社会貢献しない、もしくは貢献度が低いのも罪悪。
あたりまえである。
 
タグ:経営者
posted by カズ at 01:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 経営論

2007年03月27日

幸福の定義

幸福とは

本多静六は、幸福を次のように定義した。

幸福とは、自己の努力によってその欲望が満たされ、心身ともに快感を覚える状態にして、しかもそれが自己の健康と社会国家の希望に反しない場合をいう。そして幸福そのものは比較的進歩的なものであるから、日々新たなる努力精進を要するものである。

そして、こう言う。

この定義によれば、幸福はひっきょう(結局)親から譲られるものでも、他から貰うことのできるものでもなく、ただただ各自が絶えず努力して行くよりほかはない。しかも一度その努力をやめれば、同時に幸福がやむことになるのだから、一生幸福に生きる道は、一生努力を続けて行くよりはかはないのである。まことに努力即幸福である。

この定義をさらにいっそうわかりやすく言い換えればこうなる。

幸福とはまず人生すなわち努力(学び働くこと)、努力即幸福と悟って、早くより働学併進その職業(あらゆる仕事)を道楽化し、面白く愉快に、いよいよ死ぬまで働き続け学び通すことである。しかもその職業の目的が自分個人のためよりは世界人類のためである場合が最大最高かつ永遠の幸福である。


(本多静六著『わが処世の秘訣』より)

幸福とは努力である、と断言している。
とすれば人生というのは努力できる人は幸福になれ、努力できない人は幸福になれないわけで、
うまい抜け道を探そうとしてもできるものでない。
その意味では誰にとっても公平であるわけだ。


努力すればするほど、自分にとってよい結果が表れることは誰でも知っている。
けれども、わかっていてもできないというのも事実である。
幸福を阻むものは次の五つである、と本多氏は言う。

疲労
2退屈
3羨望
4被害妄想
5執着

これらは誰にでもやってくるものである。
こういう落とし穴に入らないように工夫したり、辛抱したりする。
悪い考え方に陥らないようにして、
常に自分をよい状態にして
努力できる状態にもっていく。
それも結局、本人の努力である。


さて、この意見に賛同できないという人にはこういう言葉もある。

あなたが幸福であろうと、幸福でなかろうと、それにどんな違いがあるというのか。
どうせ今日は昨日になり、明日も昨日になってしまうのだ。
時が過ぎ去ってしまえば、昨日の不幸も喜びになる。
生きているだけで幸せではないか。
歳をとればわかるよ。(カーライル


タグ:幸福
posted by カズ at 17:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 経営マインド
にほんブログ村 経営ブログへ 社史制作 青山ライフ出版社史制作 青山ライフ出版